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カップルを破局に導く「幽霊マンション」に住んだ女【第16話・前編】―シンデレラになれなかった私たち―

毒島 サチコ

毒島 サチコS.Busujima

Case16:幽霊マンションに住んだ大学院生

名前:アンナ(23歳)

岡山県出身。京都にある大学に通う大学院生。普段は大学近くの女子寮に住んでいる。最近、彼氏ができたばかり。

あのマンション、幽霊出るらしいよ

「いまついたよ ^^」

汗ばむ7月の最終週、1か月前につきあい始めた彼氏・セイジのメッセージを見て、私はタンクトップのまま寮を飛び出しました。

「お疲れさま! 荷物運べばいいかな?」

セイジは少年のような笑顔で、寮の玄関前に立っていました。

「うん、1か月分だから段ボール3つだけだけど……」

「OK! オレが運ぶわ」

セイジは腕まくりして、寮に足を踏み入れました。男子禁制の女子寮に、男性が足を踏み入れていいのは、引っ越しのときだけと決まっています。

女子寮のみんなは、セイジが入ってくると、一気に色めき立ちました。後輩が「先輩の彼氏、めっちゃかっこいいですね……」と耳打ちしながら「でも、ほんとにあのマンションに住むんですか……?」と、声をひそめました。

「いやいや、幽霊が出るなんて、だたの噂でしょ。そんなの信じないよ」

寮生に代々伝わる「幽霊マンション」の噂

私が生活している大学の女子寮は、8月から1か月間、メンテナンスのため閉寮することになっていました。ほとんどの学生は帰省するのですが、私は自費で大学院に通っているので、夏休みの間もアルバイトを休まず、学費を稼ぐ必要がありました。

岡山のはずれにある実家に帰ると往復で3万円。学校の近くにある格安のウィークリーマンションが月家賃3万2000円であることを天秤にかけ、京都に残り、家庭教師のアルバイトをしたほうがいいと考えました。

でも、そのマンションが格安なのには理由があったのです。

大学のすぐ裏手にあり、築何十年という古マンションは、学生の間で「幽霊が出る」と噂され、そこに住むと決めたのは私ひとり。幽霊やお化けのたぐいを一切信じない私は、値段の安さを最優先に考えたのです。

それに、もうひとつ理由がありました。付き合ったばかりの彼氏とのプチ同棲生活を楽しみたかったのです。

セイジとの出会いは1か月前、大阪駅で買い物をしている時でした。

「キレイですね。良かったら、少しお話しませんか?」

こんなにストレートにナンパしてくる人がいるのかとビックリしましたが、大学4年生だった彼は、年下とは思えないほどスマートで、自分で稼いだお金で買ったという高級車に乗っていました。

「好きになっちゃったかも……」

少年のような幼さと、少し危うい雰囲気を持ち合わせたセイジは、話題も豊富で、何時間話していても飽きることがなく、グイグイと私を引っ張ってくれるタイプ。女子校育ちで恋愛経験の少なかった私は、あっという間に恋に落ちてしまったのです。

そして幽霊マンションへ…

段ボールを車に詰め込み、みんなに「お幸せに♡」と茶化されながら、私たちは寮を後にしました。

「オレ、実家暮らしやから毎日は無理やけど、いっぱいモモコに会いにくるから」

道中、彼はそう言って、優しくキスをしてくれました。

私は期待に胸をふくらませていました。付き合って1か月間、女子寮に彼を連れ込むわけにはいかず、お泊まりはラブホテルばかり。一緒に料理をしたり、洗濯をしたりといった生活に憧れていたのです。

寮から車で10分ほどのところに、マンションはありました。

「うわぁ……こりゃすげえな」

セイジは建物をを見るなり、少し引いたような声を出しました。それもそのはず、古い3階建てのマンションは、外壁がところどころ剥がれ落ち、建物全体がつたと葉っぱでおおわれています。

さびた自転車の横をすりぬけて玄関に入り、廊下のいちばん奥にある「106号室」を目指します。廊下には、湿った落ち葉がたくさん落ちていて、他の部屋には誰も住んでいないようでした。

セイジは段ボールを抱えたまま「まあ、家賃3万だもんな……」とつぶやきました。

鍵を開けて中に入ると、6畳くらいのワンルームに、なぜかフライパンと、ディズニーキャラクターの壁時計だけがありました。

セイジは「じゃあ、オレはこの後バーのバイトだから帰るわ」と、部屋に入らず、足早に出ていきました。

異臭がする浴室

この日は真夏日で、私は汗びっしょりでした。

「先にシャワー浴びてから片づけよっかな……..」

段ボール箱から洗面用具とタオルを取り出すと、玄関を入ってすぐ横にある浴室へ向かいました。キイィ……と扉がきしんだ瞬間、私は思わず鼻を押さえました。

「え……くっさ……なにこれ」

浴室は、強烈な異臭に包まれていました。何か、肉のようなものが腐ったような匂いでした。

「最悪……。ネズミのフンでも落ちてるのかな……」

排水溝を覗くと、水アカで真っ赤でした。

「今日は入れないな。掃除道具買わなきゃ」

スマホで近くのドラッグストアを調べて、掃除道具を買いに行くことにしました。

歩きながら、セイジにメッセージを送りました。

「お風呂がすごく古くて、掃除道具だけ買って、今日は銭湯行こうと思う」

「そっか。古いマンションだもんね。お疲れさま。来週の火曜日泊まりに行くね」

「うん! お店がんばってね!」

私は送信ボタンを押し、肩を落としました。

今日はまだ水曜日です。セイジはバー働いているので、土日は忙しくて会えないのだと言っていました。

私はさびしさを抑え、明るいスタンプを送りました。既読になったまま、セイジから返信はありませんでした。

深夜3時のシャワー音

夕食をとって銭湯にいき、ファミレスでバイト先の家庭教師の課題づくりをして、マンションに戻ったのは、23時を少し過ぎたころ。部屋はシーンと静まり返り、カラスの鳴き声だけが外で聞こえました。

床に広げた布団の上でずっとスマホを触っていると、気付けば時刻は深夜2時。セイジに「おやすみ。来週会えるの楽しみにしてるね」とメッセージを送って、目を閉じました。

カチカチと壁時計の音だけが聞こえました。新しい部屋で、なかなか寝付けずにいましたが、やっと眠りに落ちそうなとき、浴室のほうから音が聞こえてきたのです。

シャー……。

シャー……。

スマホに目をやると深夜3時を少し過ぎたころでした。

それは、明らかに浴室のシャワーの音です。でも、この部屋のシャワーにしては小さかったので、最初は2階の音かなと、気に留めていませんでした。

でもその音は、翌日も鳴り止みませんでした。

深夜3時になると、決まってポタポタ……と雫の落ちる音がして、ゆっくりとボリュームをあげてゆくように、水の音が聞こえてくるのです。その音は、日に日に大きくなっていきました。

「水漏れかな……」

頭の中で、寮生たちが噂していた「幽霊マンション」の話がよぎりました。寮の後輩に「マンション水漏れしてたw」とメッセージを打ちました。

そして、次の日の朝、マンションの隣に住む大家さんのところへ相談にいくことにしたのです。

老夫婦の大家さん

大家さんは70歳くらいのおばあさんでした。

シャワールームが水漏れしているかもしれないという話をすると、その日のうちに業者を呼んでくれました。

でも、どこを点検しても問題は見つかりません。

まさか……と思いながら私は大家さんに聞きました。

「このマンション……お化けとかでないですよね…?」

おばあさんは「そんなことあるわけないじゃない!」と、大きく目を見開き、強い口調で言いました。

そんなわけないよね……。変なことを言ってしまったことを大家さんに謝罪し、部屋に戻りました。

女のうめき声が聞こえた夜

その日の夜。深夜3時、またいつものように、シャワー音が聞こえてきました。

「あぁ……まただ」

私は耳をふさぎました。

「なんなの……もう。ここ出よう」

セイジにメッセージを送ろうと起き上がると、

「ううううう……」

シャワー音に混じって女の人のうめき声のような声が聞こえたのです。それは確かにシャワールームからでした。

「く……ぁ……」

泣き声のような、うめき声のような、女の人の声。声はどんどん大きくなり、近づいてくるように感じました。

「ううう……くるし……ぃぃ」

はっきりとそう聞こえました。私は、スマホと財布を手に、パジャマのままマンションを飛び出しました。

大通りまで出ると、セイジに電話をかけました。

「……あ、もしもし!? セイジ君!? 私……いま、外で……。あの、このマンション、変なの。いまどこにいる?」

セイジは起きていて、電話のむこうで笑い声が聞こえました。

震える声の私をなだめるように、電話口で彼は「わかった。まだ、店にいるんだよね。今終わったから、タクシーで向かう。ちょっと待ってて」と言って電話を切りました。

人通りのある通りまで歩き、コンビニに入りました。そのとき、スマホがブルルと震えました。

それは、後輩からのメッセージでした。

「水漏れ? やっぱり幽霊じゃないですか?ww」

私は震える手でメッセージを打ちました。

「あのマンションに出る幽霊の話、詳しく知ってる?」

送ってすぐに既読がつきました。私は、画面をじっと見つめ、返信を待ちました。

「30年くらい前、あのマンションのどこかの部屋で、若い女の人が同居していた男に浴槽に顔を突っ込まれて、溺死したっていう噂ですよ。まあ先輩は信じないでしょーけど(笑)」

目の前が真っ黒になりました。

「うそでしょ……セイジ君……はやくきて……」

セイジがいてくれてよかった。セイジが来たらすぐにあのマンションを出よう。私は雑誌を立ち読みしながら、彼をじっと待ちました。

でも、私はこのあと、さらなる恐怖を味わうことになるのです……。

後編へ続く――

【筆者プロフィール】

毒島サチコ


photo by Kengo Yamaguchi

愛媛県出身。恋愛ライターとして活動し、「MENJOY」を中心に1000本以上のコラムを執筆。現在、Amazon Prime Videoで配信中の「バチェラー・ジャパン シーズン3」に参加。

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次回:7月11日土曜日 更新予定

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