恋のなやみに効くメディア

愛を「いいね」に替えてしまったインスタカップル【第17話・後編】―シンデレラになれなかった私たち―

毒島 サチコ

毒島 サチコS.Busujima

目次

隠す

幸せなインスタカップル

僕と彼女の写真の趣味から始まったカップルインスタ。フォロワー数は半年で5万人を越えました。周囲からは「幸せカップル」ともてはやされ、コメント欄は「理想のカップルです」という声で埋め尽くされていました。

しかし今、目の前にいるのは、出会ったころの彼女ではありません。しかめっ面で、スマホを見つめる姿は、常にどう見られるかを気にして、自分を見失っているように見えました。

これはふたりの幸せじゃない。そう思った僕は彼女にインスタアカウントを消すことを提案しました。

でも彼女は……僕を見ると、こう言いました。

「何言ってるの? 消せないよ」

前編はコチラ

Case17:愛をお金に替えたインスタカップル

名前:タクマ(25歳)

神奈川県在住。製造メーカーに勤める会社員。カメラの趣味が高じて、彼女のことを撮った写真をインスタグラムに投稿するようになる。

笑顔は誰に向けたもの?

僕の「インスタを消す」という提案に、彼女は驚きを隠せないようでした。

「リカの写真をこれから撮らなくなるってことじゃないよ。これからは、ふたりの思い出として、ふたりだけのフォルダで共有していきたいなって」

スマホの中に入っている共有の「思い出フォルダ」。そこには、インスタに載せた写真はもちろん、僕のいちばん好きな、目がなくなるくらいくっしゃと笑った彼女の写真が保存されています。フォルダを見た彼女はおもむろにスマホを見ると、いちばんのお気に入りだった写真を躊躇なく削除しました。

「え、何するんだよ!」

「なんでいつまでもこの写真保存しているの。消してって言ったじゃん。また勝手に投稿されたら困るよ」

「……リカ、最近おかしいよ……」

「え、何が? だってさっきの写真、オフショット感強いし。笑い方キモい」

「俺はいちばん好きな顔だけど」

「やだ。かわいくない」

かわいくない……。彼女のその言葉に、僕は今まで我慢してきた気持ちが、胸の奥からあふれ出しました。

「リカは誰に向けて笑ってるの? 誰にかわいいと言ってほしいの?」

SNS上のシンデレラ

僕のその言葉に、リカは一瞬黙り、しばらくして、小さな声でこういいました。

「タクヤにかわいく撮ってもらえるのは嬉しいよ……でも……」

「じゃあ、インスタにあげる必要なくない?」

リカが言い終わらぬうちに、強い口調で言葉をかぶせると、「ちょっと待って」とリカは続けて声をかぶせました。

「今消すのはダメだよ……ペアウォッチ、半年間は紹介するっという契約だったはずだよ」

あぁ……そうだった……。僕は彼女に言われるまですっかり忘れていた「企業案件」のことを思いだしました。ふたりの腕で光るペアウォッチ。僕たちは「理想のカップル」を演じることで、お金をもらっていたのです。

「じゃあ、案件をくれた人たちにちゃんと連絡してから消すことにしよう」

僕はたかだか数万円のために、商品紹介を受けたことを後悔しました。お金のためにカップルでいなければいけない。いつの間にかビジネスカップルになっていたなんて……。

「インスタ……やめるの?」

リカは、僕の顔をのぞき込み、恐る恐る聞きました。

「やめよう。じゃないと俺、リカのこと嫌いになっちゃうよ。デートをしていても、ほとんどスマホ見て終わるじゃん」

「私……やめたくない」

リカは震える声でそう言いました。

愛されている私

「私、すごくうれしかったの。こうやってみんなに“かわいい”とか“しあわせそう”って言ってもらえるのが。でも、最近は“いいね”もあまり増えなくて不安だし、もっともっと……って思っちゃって。私たちよりも幸せそうに見えるインスタカップルけっこういるじゃん? だからもっと人気にならなきゃって」

「それっておかしくない? 恋愛ってふたりのことじゃん」

「おかしいかな。だってさ、このカップルとか見て。このふたり、炎上したカップルだよ。それでも仲良しショットあげてるし、最近ふたりで会社立ち上げたらしいよ」

彼女が見せてきたのは、恋愛リアリティ番組をきっかけに付き合い始めたカップルのインスタ。そこには、豪華なデートの様子が、ツーショットとともに載せられています。

「このふたり、実は仲いいんじゃない? 俺この子たち、けっこう好きだったよ」

僕が何気なく発した言葉に、またもや彼女の顔が曇りました。

削除した日

「え? 私たちのほうが絶対ラブラブだし、このふたりより、私たちのほうがずっとずっと素敵な写真を載せてるよ! なのに、なんで私たちのほうがフォロワー少ないんだろ……」

彼女はそういうと、またほかのカップルインスタを探し始めました。

「私たちのほうが」「私のほうが」

僕は、その姿を見て、もう耐えられなくなりました。

「リカ、もう俺、無理だわ。俺が嫌なの……そういうところだよ」

普段怒らない僕が低い声で発した冷たい言葉に、彼女は驚いているようでした。

「リカは結局、自分のことしか考えてない。リカが好きなのは俺じゃなくて、“彼氏に愛されている私”だろ」

その日、彼女の許可なく、インスタを削除しました。その後、彼女から連絡はありませんでした。

考察:幸せと「いいね」の数は比例しない

「インスタを消して変わったことは何もありませんでした」

取材の後、タクマさんはこう語りました。

「僕は、彼女と写真が好きで投稿していただけなんです。それを彼女が喜んでくれた。お金にもなってラッキーくらいの感覚だった。だから、まさかインスタが原因で別れるなんて思わなかった」

SNS上には、たくさんのカップルアカウントが存在します。

「最初はみんな、楽しそうとか、そういう軽い気持ちで始めるんだと思うんです。でも、ふたりだけの世界であるはずの恋愛がみんなにシェアされて、それが広がれば広がるほど、身動きがとれなくなって、苦しくなる。幸せと”いいね”の数って、比例しないんです」

彼女が好きだったのは僕ではなく「彼氏がいて幸せな私」だった

インスタで愛を育んだカップルは、結局、インスタで愛を失いました。

「彼女は僕じゃなくて、“彼氏がいて幸せな私”を求めていたんだと思います。誰かと比べて“自分のほうが愛されている”ということを周囲に見せたかった」

タクマさんとリカさんは、別れた後は一切連絡をとることはなくなりました。あれからタクマさんはしばらくの間SNSから距離を置いています。もし、次に彼女ができたら……。筆者の問いに、タクマさんはこう答えました。

「本当に幸せなカップルはSNSにカップル投稿なんてしないでしょう。僕がまたカップルインスタを始めたら、幸せじゃないんだなぁと思ってみてください(笑)」

【筆者プロフィール】

毒島サチコ


photo by Kengo Yamaguchi

愛媛県出身。恋愛ライターとして活動し、「MENJOY」を中心に1000本以上のコラムを執筆。現在、Amazon Prime Videoで配信中の「バチェラー・ジャパン シーズン3」に参加。

【過去の連載はコチラ】

私が妄想恋愛ライターになるまで…毒島サチコの自己紹介【第3話・前編】

オーガズムに導く70歳の「イカせ屋」に会いに行った美人女医【第4話・前編】

セックスと愛は別物?セックスレス婚をする34歳女教師のこれから【第11話・前編】

バチェラー3で「一番になれるのは私だけ」と鮮烈な印象を残した李起林(イ・ギリム)インタビュー【第14話・前編】

アラサー処女が初体験を迎えた日【第15話・前編】